「置かれた場所で咲きなさい」の著者渡辺和子さん。「金スマ」激動の人生を語る。

渡辺和子著書「置かれた場所で咲きなさい」

2012年発売の「置かれた場所で咲きなさい」は170万部
を超えたベストセラーとなりました。

本日10月30日放送の「金スマ」に出演され、

激動の人生を語り、

ものすごく感動したので渡辺和子さんはどんな人なのか調べてみました。

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渡辺和子さん(88歳)
岡山にあるノートルダム清心女子大学の理事長です。

渡辺和子先生画像

出典元:http://kodomo-ouen.com/interview/13.html

大学は国の有形文化財にも指定されています。
渡辺和子さんは、今なお現役の先生でいらっしゃいます。

 

渡辺和子さんは授業で、

たんぽぽはバラになれない、バラもたんぽぽになれない、それぞれが咲いてること、

置かれた場所で咲いてることが大事」とおっしゃっています。

深いですね。仕事や人間関係で逃げたくなる時はありますよね。

その場、その時間は辛くとも、居続けることで、自分自身が成長できるのでしょうね。

激動の人生

激動と呼ばれる人生の始まりは渡辺さんが9歳の時、
当時教育総督だった父(渡辺錠太郎氏)が2・26事件で襲撃されます。
おそらく、天皇機関説を擁護したため、青年将校の怒りを買って襲撃されたのでしょう。

殺されることを感じた父は渡辺和子さんを物陰に隠したそうですが、

その直後に襲撃されます。
わずか1メートルという至近距離で父親が殺されるのを目撃したわけです。
子供心にはあまりに重すぎる衝撃だったと思います。

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その後、18歳でキリスト教の洗礼を受け、

上智大学大学院を修了。29歳でナミュール・ノートルダム修道女会に入会。

50歳のころ、うつ病を発症、60代で膠原病、圧迫骨折などになっています。
また、過労により、命を絶とうとまで思ったこともあったようです。
うつ病と戦った二年間で、それまで気づかなかった他人の優しさや、

自分の傲慢さがわかり、ぽっかり空いた穴から見えなかったものが見えてきたそうです。

ほんとうですね。自分も病気になったりした時に、
五体満足であることがどれだけ、幸せなことなのか、
どれだけ家族に支えられていたかということが実感できました。

渡辺和子さんの「言葉」集めました

財産となるような歳を取りたい
 

子どもに何かを伝えるのに言葉はいらない。
ただ、誠実に努力して生きていくだけでいい。
 
 
考えるということは、自分と対話すること。
自分自身に語りかけ、次の行動を決めなさい。
 
神のなさることは、すべて時宜にかなって美しい。
 
 
神さまは無関心であった者にこそ
愛に溢れた関心を寄せている
 
 
他人まかせでは幸せは得られない
自分が光となって世の中を照らそう。
 
心の美しさは、自分の心との戦いによってのみ得られる
 
人生は学校で
そこにおいては、
幸福よりも不幸のほうがよい教師だ
 
私は木を切るのに忙しくて、
斧を見る暇がなかった
 
私たちは、与えることによって与えられ
すすんで許すことによって許され
人のために死ぬことによって
永遠に生きることができるからです。
 

時間の使い方は、そのままいのちの使い方になる。
 

一生の終わりに、残るものは
我々が集めたものでなく、
我々が与えたものだ。
 

愛情は言葉となってほとばしる。
 

置かれたところこそが、今のあなたの居場所なのです
 
 
全世界を自分のものにしても、
自分自身を見失ったら
何の利益があるだろうか
 

委ねるということは
人に感謝するとともに
自分自身に責任を持つということ
 
 
神は決して、あなたの力に余る試練を与えない。
 

「私のほほえみは、
“神さまのポケット”に入ったのだ」
と考える。
 
 
 
苦しい峠でも必ず、
下り坂になる
 

暗いと不平をいうよりも、
進んであかりをつけましょう

 
 
どんなところに置かれても
花を咲かせる心を持ち続けよう。
 

ありのまま受け入れた時、
相手の秘めた可能性が開花する。
 

つらい日々も、笑える日につながっている。
 

求めなさい。そうすれば与えられる。

 

今日は素晴らしい方に出会えてよかったと思います。

これからも体に気をつけて頑張っていただきたいです。

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1 個のコメント

  • 渡辺和子氏が出演した10月30日放送のテレビ番組「中居正広の金曜日のスマたちへ」を見ました。
    渡辺和子氏って、二・二六事件のときに父親を目の前で殺されて、二・二六事件で蹶起した兵士たちを憎しみ続けていたらしいですね。
    ところで、二・二六事件については前から疑問に思ってることがあるんです。
    二・二六事件って、クーデターに偽装した粛清のではないか?
    そう思う理由は、事件の一報を聞いた時に発した裕仁の一言。
    とうとうやったか
    これは、予期しない出来事が発生した時に発する言葉ではない。
    これは、発生する時期までは分からないが、発生すること自体は知っていた事態が、発生した時に発する言葉です。
    裕仁はクーデター計画を知ってた。
    そう考えられると思う。
    ということは、裕仁は殺害されるターゲットも承知の上だったのではないかな?
    なんでも、裕仁は殺された重臣を指して「股肱の臣」とかのたまってたそうだが、どの口がゆ~とんのやら♪(プゲラ)( ,_ノ` )y━・~~~
    おまけに、異例なことに、二・二六事件に限っては、裕仁はクーデター鎮圧の陣頭指揮を執るんですよね♪
    クーデターの発生を予期していたうえに、異例のクーデター鎮圧の陣頭指揮…
    クサい
    ひょっとして、二・二六事件を裏で糸を引いてたのって裕仁だったんじゃないか?
    つまり、裕仁がクーデターを偽装して臣下を粛清したのが二・二六事件だったんじゃないかな?
    だから、
    渡辺和子氏の本当の親の敵は裕仁なんじゃないかな?

    渡辺和子様
    ご協力いただけませんでしょうか?
    http://www.geocities.co.jp/WallStreet/7659/smt/statements/smt20150831.pdf

    参照:
    http://www.geocities.co.jp/WallStreet/7659/sjp/statements/sjp20140226b.html

    m9(゚∀゚)Идиот!> номенклату́ра
    נומנקלטורה עמלק
    Ceterum autem censeo, Nomenklaturam esse delendam.

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